大判例

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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13046号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

荒木和男

飯田正剛

清水勉

田中裕之

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役

渡邊襄

被告

牧太郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して金五〇万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告らは、原告に対し、連帯して、金五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告らは、原告に対し、連帯して、別紙記載の「判決の結論の広告」をサンデー毎日誌上に、全国版一頁のスペース、「判決の結論の広告」の八字は初号活字、その他の部分は二〇ポイントをもって掲載せよ。

第二事案の概要

一当事者の主張の要旨

1  原告の主張

(一) 原告は、ゴルフ場の土地やゴルフ会員権の売買に関する詐欺事件(以下「光輪事件」という。)により実刑判決を受け、昭和五八年に出所した(以下「本件前科」という。)者である。

(二) 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告会社」という。)は「サンデー毎日」を発行し、被告牧太郎(以下「被告牧」という。)はサンデー毎日の編集長であるが、被告らは、平成元年一二月三日号のサンデー毎日に、「ゴルフ場にからみ四億七〇〇〇万円を詐取し、にせ会員権で二億七〇〇〇万円を荒稼ぎして、九年間服役した。」旨の原告の前科を掲載し、原告はプライバシーを侵害された。

(三) よって、原告は被告らに対し、慰謝料五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに別紙記載の「判決の結論の広告」を掲載することを求める。

2  被告らの主張

(一) 本件前科の公表は、公共の関心事またはその利害にかかわることであるため、公益を図る目的でなしたものであり、違法性はない。

すなわち、原告は出所後、熱海で豪遊し、その様子は平成元年一一月の「週刊文春」に掲載された。その後、被告らが原告に関する取材をしたところ、原告は前科である詐欺の被害者に対し、何ら弁償をしていないこと、出所後、政治団体「国政監視国民連合」を設立してその代表者となり、公務員の不正を糾弾していると主張していること、国政監視国民連合に対して多額の金員を貸し付け、これをそのまま「人件費」名目で自分が使っていること、曹洞宗の所有地の売買を仲介しているが、曹洞宗の役員はこれを売る意思はないこと等が分かった。

このように、原告は、政治団体を設立して公人となり、その資金の出入りには不透明な部分があること、被害弁償もせず豪遊し、更正しようとしていないこと、遊興資金の出所が不明であること、曹洞宗の土地に関し、前科と同種の詐欺をしている疑いがあったことなどから、被告らは、金銭万能主義等の世情に警告を与え、また、原告の行為により、再び詐欺の被害者を出さないようにするため、原告の前科を掲載した。

(二) 原告は本人尋問において、「損害賠償をしてもらっても仕方がない。」と述べており、慰謝料請求権は不存在または消滅している。

(三) 本件「判決の結論の広告」を求める訴えは不適法である。

(1) 右訴えは判決言渡しが完了したことを前提としているが、判決言渡し中は判決言渡が完結していないので、論理的に矛盾である。

(2) 訴訟において、必ずしも判決言渡しで事件が終了するわけでなく、例えば、認諾により終了することがあり、その場合に、「判決の結論の広告」はその前提を欠くことになる。

(3) 民法七二三条の名誉回復処分はプライバシーの侵害の場合には適用がない。

(4) プライバシーを侵害された者が右のような広告をするよう求めることは、再び同じ侵害をすることになる。

二争いのない事実

1  被告会社はサンデー毎日を発行しており、被告牧はその編集長である。

2  原告は、光輪事件で実刑判決を受け、九年間服役し、昭和五八年に出所した。

その後、国政監視国民連合を設立してその代表者となったが、右政治団体の収入は原告からの貸付であり、昭和六一年及び六二年の収入は約二億円である。そして、同額が人件費として支出されている。

3  被告らは、平成元年一二月三日号のサンデー毎日に、右原告の前科を掲載した(以下「本件記事」という。)。

三争点

1  本件前科の掲載は違法性を欠くか。

2  本件損害賠償請求権は不存在か又は消滅したか。

3  不法行為が成立した場合、その損害額はいくらが相当か。

4  判決の結論の広告を求めることができるか。

第三争点についての判断

一争点1(違法性阻却事由の有無)について

1 前科は他人に知られたくない事実であり、人の名誉、信用にかかわるものであるから、前科ある者もみだりにこれを公開されないという法律上の保護に値する利益(プライバシーの権利)を有する。

本件前科の掲載は、右の権利を侵害する行為に該当することは明らかである。

そこで、本件前科の掲載は違法性を欠くか否かについて判断する。

前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人長倉正和、原告、被告牧)によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成元年一一月九日号の週刊文春に、「芸者三七人総揚げで誕生パーティー 三年で一〇億使った。」、「謎の大金持『甲野先生』行状記」という見出しで、原告がその三年前に熱海に来て、高級旅館に長逗留していること、毎夜芸者を呼んで宴会をし、芸者に豪華な着物やマンションを買い与えていること、その住所は豊島区にある公団住宅であること、原告は「三年間に一〇億円を使った。」と述べているが、その資金がどこから出ているか不明であること等の記事が掲載された。

(二) 被告牧はこれを読んで、サンデー毎日の記者の長倉正和(以下「長倉」という。)に原告に関する取材をするように伝えた。

長倉は同年一一月三日ころから一週間、関係者や原告から取材した結果、原告が国政監視国民連合を設立してその代表者となっていることや前記の原告からの収入、人件費としての支出状況が明らかとなり、また、原告が、「国政監視国民連合は悪い政治家や官僚を監視するオンブズマンだ。」と述べていたことから、原告が豪遊に使う金は、右政治団体からの支出金でないか、また政治家らの不正を種に金を巻き上げているのでないかという疑いを持った。

これを元に、長倉は記事を書き、平成元年一一月二六日号のサンデー毎日に、「熱海で一〇億円の大散財」、「『甲野先生』の素性を洗ってみたら」という見出しで掲載されたが、その内容は、豪遊の状況、国政監視国民連合の設立、収支状況、原告の住居である豊島区の公団住宅に、「国政監視国民連合」の張り紙があったこと、右団体に関する原告の説明等であった。

(三) 右記事に対し、読者から、「原告は犯罪者である。」、「詐欺ではないけれども、私の友人が、原告から騙されかけている。」という電話があり、長倉が調査したところ、原告には本件前科のあること、被害者からの取材では、弁償はなされていないこと、右詐欺の際には豪華な事務所が利用されていたが、昭和五八年に出所後、同じように永田町のビルに豪華な事務所を構えたこと(ただし、これは伝聞であって、長倉自身確認したわけではない。)、原告は取材の際、「曹洞宗の役員からそのビルを売ってくれと頼まれた。」と言うが、役員に確認すると、売るつもりはないことが分かり、長倉は原告がまた詐欺をしようとしているのでないかと考えた。

(四) これらを元に、長倉が記事を書き、被告牧が加筆したうえ、本件記事が掲載された。

その見出しは、「ヨオッ!熱海お大尽・『甲野先生』行状記 第二弾」、「『別荘』に行く前に銀座で大散財の『昔』」であり、内容は、「甲野」なる人物がゴルフ場で土地や営業権の処分委任状を偽造して大手企業に売りつけ、四億七〇〇〇万円をだまし取り、架空のゴルフ場をでっち上げ、にせ会員権で二億七〇〇〇万円を荒稼ぎしたこと、犯人の「甲野」は超一流ホテルに事務所を設け、これを舞台に詐欺をしたこと、被害者には弁償されていないこと、右「甲野」は原告であること、原告は九年間服役したこと、出所後、永田町のビルに豪華な事務所を構えていること、原告は、取材の際、「曹洞宗の幹部からビルの売却の斡旋を頼まれ、他に紹介したことがある。」と言ったが、曹洞宗の役員は、「昭和六一年ころ、ソートービルが売り出されているという噂が流れたので、調べると、黒幕に原告がいた。」と述べていることなどであり、最後に、「しかし、甲野先生、熱海の散財は男の夢を実現した実にアッパレな所業。『過去』の所業を忘れて、大いに『恵まれない』芸者さんたちのために散財を続けてほしいのです。何たって、先生は、『男の中の男』なのだから。(ひょっとすると以下次号)」と締め括っている。

2 被告らは、まず、本件前科の掲載が、公共の利害に関する事項であり、その関心事であると主張し、原告が国政監視国民連合という政治団体の代表者であること、曹洞宗の土地に関し詐欺を行おうとしているおそれがあったことをあげている。

しかしながら、原告は公務員でも、公選による公務員の候補者でもなく、単に国政監視国民連合という政治団体の代表者に過ぎず、右団体が具体的にいかなる政治活動を行っているかなどについては明らかでなかった(原告は、長倉の取材に対し、「政治家らの不正を暴く活動をしている。」と述べているが、必ずしも信用できるものではなく、長倉自身も信用していなかったことは記事の記載の仕方から明らかである。)のであるから、右のような事情のもとで、原告の前科が公共の利害に関する事項であるとは到底言えない。

次に、曹洞宗の土地に関する詐欺については、長倉は、前記のとおり、原告、曹洞宗の役員の誰か及び右土地について友人が原告に騙されかかっているという電話をかけてきた読者から聞いたというが、その情報は一般的、抽象的であって、具体的に原告がいつ、誰に対し、いかなる方法で詐欺をしようとしているのか十分裏付ける調査をしたわけでないから、右のような状況のもとに、原告が詐欺を行おうとしていると被告らが即断したことは合理的根拠を欠くものであり、しかも、もし、他の被害者が出ることを防止するためならば、あえて原告の前科までも掲載をする必要はなかったから、本件前科の掲載は公共の利害に関するものとは言えない。

被告らは、本件前科の掲載が、専ら公益を図る目的であったとし、「バブル警鐘、金権政治批判、金銭万能主義」、「犯罪防止」を挙げるが、本件記事の内容からみて、前者の目的があったものとは到底言えないことは明らかであり、長倉自身もこれを否定している。また、「犯罪防止」目的については、本件記事の全体の記述方法が冷かし半分であることからみて、曹洞宗の土地に関する部分は原告の一つのエピソードとして取り上げられているに過ぎないことから、被告らに犯罪防止の目的があったことには大きな疑問があるばかりでなく、仮に主観的にその目的があったとしても、本件において原告の前科の掲載を正当化するものではない。

また、被告らは、原告が光輪事件の被害者に弁償もせずに豪遊しているから、これを糾弾する目的もあったという。

右は社会的非難に値するもではある。しかし、犯罪それ自体の報道は公共の利害に関するが、前科の公表は直ちに公共の利害に関するものとは言えず、むしろ本人の更生を妨げるおそれがあること、光輪事件で九年間服役し、出所後六年が経過し、光輪事件に対する社会的関心がほとんどなくなっていたことを考慮すると、本件前科の掲載は許されないものと言わなければならない。

結局、本件記事における前科の掲載は、原告のプライバシーを違法に侵害するものであり、被告らは損害賠償責任を負う。

二争点2(慰謝料請求権の不存在または消滅)について

被告らは、原告が本人尋問において、「損害賠償をしてもらっても仕方がない。」と述べていることを根拠に、慰謝料請求権は不存在または消滅したと主張する。

原告が本人尋問において、「毎日新聞から損害賠償びりとももらったってしょうがない。それよりも何か法律的なチェックで食い止めなくちゃいけない。」と述べ、「毎日新聞から損害賠償されても意味がないのか。」という質問に対し、「何億円ももらえるわけでもないですからね。」と答えているが、右供述は、尋問全体からみると、訴訟の目的は主として、本件のような前科の報道がなされることを止めさせることにあり、損害賠償として金をもらうことが主たる目的ではないという趣旨であると認められ、損害賠償をする意思がないと言っているわけではないから、被告らの主張は採用できない。

三争点3(損害額)について

本件における諸般の事情を考慮し、被告らが原告に賠償すべき損害賠償額は五〇万円と認めるのが相当である。

四争点4(「判決の結論の広告」)について

原告は、民法七二三条に基づき、「裁判所は、被告らが原告に関する前科を詳細に掲載した行為は原告のプライバシー権を著しく侵害する不法行為に該当すると判断した。」旨の広告をサンデー毎日誌上に掲載することを求めている。

同条が名誉棄損の場合において、裁判所が原状回復処分を命ずることができるとしているのは、被害者に主観的な満足を与えるためではなく、棄損された被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能ならしめるためである。

右趣旨に鑑みると、本件のように前科の掲載により、原告のプライバシーが侵害され、名誉も棄損された場合に、その旨の広告することは、性質からみて原状回復処分とはならず、むしろ、再びプライバシーを侵害し、また、(前科があると掲載したことは真実に反していた旨の広告でない以上)名誉を棄損する結果になるから、右のような広告を求めることはできないと言わなければならない。

(裁判長裁判官谷澤忠弘 裁判官古田浩 裁判官細野敦)

別紙判決の結論の広告〈省略〉

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